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「異業種交流会のライフサイクル」前編
(若手異業種交流会鶏口牛後代表 芦田克美さん) |
私は今まで自分自身でも交流会の運営をし、また交流会活動を通じて他の交流会代表の方々とも親交を深めてきました。その中で交流会の発足、衰退もさることながら
会代表者の会の行く末を左右する判断に直接触れる機会が多くあり、そのような体験の中から交流会のライフサイクルについて考えるようになってきました。
今回から交流会が発足してから衰退、もしくは存続していくパターンについてシリーズで述べて行きたいと思う。これから交流会を起こそうと思われる諸氏の参考になれば幸いである。
1.会の黎明期
会が発足するためには代表者が必要であることは言うまでもない。彼等は素晴らしい行動力と強い意志、そして野望を持っている点で共通している。会の発足に当たっては一人で行うケースもあるが、気心の知れた数人で始めるケースが多い様だ。但し、数人で始めたとしてもその後の時の流れの中で徐々に代表者一人の体制にシフトしていく様だ。
この時期には交流会解散の一つの危機が存在している。それは代表者が会発足に当たって予測していた成果が発足後しばらくしても得られないケースである。目的指向の強い代表者は、自分の求めていたものがないと解るとこの時点でさっさと解散してしまう。むろんこのこと自体悪いことではない。会発足の理由は人それぞれだからだ。こうした黎明期を乗り切る交流会はたとえそう言う事があったとしてももう少し頑張ってみようと思うか、もっと人間指向な代表者によって推進されていく。

私の場合は、当初自分のビジネスにプラスになることを目指して交流会を発足したのだが、しばらくして「これは違うな」と思うようになった。自分の時間はかなり削られるし、人のために自腹を切ることもある。普通ならやめてしまったかもしれないが、私は交流会が全く別の意味で自分にとってプラスになることがわかり、現在まで継続できている。私が理解した自分にプラスになることとは、交流会の運営が広い意味での経営の勉強になることだった。
・人脈が欲しければまず自分が人脈になること。
・組織とは構成員の質により決まる。
・経営とは継続である。
・トップとは孤独である。
交流会を始める前とは比較にならないほどの成長をさせてもらった。
2.会員の急激な増加、交流会ネットワークの時代
会発足の目的は代表者それぞれによって異なることは既に述べたが、交流会の最も解りやすい「成果」が「会員数」であることは共通している。この成果は比較的出し易いし、目に見えるので代表者や会構成員にとっても励みになる。とにかく会の趣旨に賛同し、集まった人達が代表者の意志を離れて交流をしていることは代表者にとっても楽しいことだ。
しかし、会員募集も最初は自前でやっているのだが、だんだんそれだけでは飽き足らなくなってくる。そこで次に考えるのが「交流会の交流会」である。ホームページを持っている交流会ならば相互リンクを考えるだろう。他の交流会の代表の方にメールで呼びかけるかもしれない。他交流会のリンクページ作成、共同で行うセミナー、勉強会、飲み会等、容易
に実現可能だ。これでしばらくは持つ。 私は「交流会の交流会」はこのレベルに止めるのが得策であると思う。これ以上のこと、例えば交流会をまとめて全国組織を作るであるとか全国の交流会を集めて組織立ったイベントを催すなどということは代表者の性格上困難だと感じている。
交流会代表者と言うのは良く言えば「ワンマン」、悪く言えば「お山の大将」
と言った具合で、これは交流会と言う小規模組織を運営していく上で強力なトッ
プダウン能力が必要不可欠だと言う事と関係しているのだが、このような人達が
またぞろ大きな組織の中に入ってやっていくことは困難だと思うからだ。 また、自分の会の運営にかなりのパワーを割かれるので他のことを考える余地がないことも多い。先の1.で書いた代表者が最終的に一人に集約されていく過程もご理解頂けるだろう。
私の知っているケースでは数人で交流会を始めて、最終的に発足者の数だけ会が分裂したケースもある。分裂しないで何らかの理由で発起人が一人だけ残っているケースもある。複数の代表者を持つ交流会は地域別に代表者を持つことで成功しているケースがある。その場合は先の代表者の性格から、地方の代表の自主性を尊重し緩やかな管理を行うことが望ましい。解散のリスクについては、もちろんこの時点まで頑張って、やはり本来の目的を達成できないと解れば解散の可能性もある。
3.方向転換の時代1 破綻と感じるか、そのまま続行か?
さて、ここまでくると会の人数もかなり増えているはずです。「量」の意味では最早これ以上増えることはないでしょう。また増やす方策についても万策尽きたことでしょう。会もこの段階になると「量」から「質」に焦点が移っていきます。ここでの選択子として2通りあります。
1つは「質は別にいいじゃない」と言う方向。会員皆が楽しければ良いと言う考えで、有志で集まってのレクリエーションやメーリングリストでの他愛のない会話を楽しみます。会としても会員に何もしない代わりに、会員も何もしなくて良いというスタイルです。この選択をした交流会はアバウトな世界を醸し出しつつ、交流会初心者の方々にとっての入り口となっていくと思われます。
もう1つは会員増が限界になり、その中で会のサービスも破綻していることに
気が付いた場合です。この場合は「会」と「会員」そして「サービス」についての議論が会の中で高まっていきます。その過程の中で洗練され、あるいは解散、あるいは少数精鋭への道を取っていくことでしょう。
当会の場合は少数精鋭の道を進むことになりました。活動の中で「会費無料」
から「会費有料」への方向転換をしたことや「会員の質」について「会則」の形で定義しました。このプロセスの中で、私としても非常に厳しい選択を迫られました。会員の淘汰が急速に進み、会員数は以前の10分の1以下にまで落ち込んだのです。
4.方向転換の時代2 個別サービスか全体サービスか?
3.での後者の道を選択した場合、会が行うサービスの質についてはまた2つに別れます。
1つは個別サービス。会員個人の満足を極限まで追求するこのやり方は会員の強い賛同を得るでしょう。今までのセミナー、勉強会は教える人1に対して教えられる人Nの形態を取っていたが、これはある意味主催者の独善的な内容になりがちで、参加者の満足と言う意味ではなおざりにされてきた一面がある。そこで教えられる人1に対して教える人Nと言う構成でセミナーを開催することにした。(後の参加者は傍聴人)日頃経営等で問題を抱える1人に対して、その問題
解決能力を持つ複数の人達(パネラー)がその考えを述べたり、相談にのったりするのである。
パネラーは今まで培った大量の会員や外部の人脈を招聘することでまかなった。
こういうセミナー・勉強会でなくても会の持つリソースを集中するという意味では、「会の中で起業する」ことも個別サービスの一つである。実際に会活動の中で起業した例も多々存在している。
但し、個別サービスで注意しないといけないのは、個別サービスに掛けるマンパワーがあまりにも偏り過ぎ、本来の会の運営に支障をきたすかもしれないと言うことだ。特に会の代表者が起業した場合には、世代交代を誤るとその会は潰れることになる。
当会も一時期この方向を目指したが、あまりのマンパワーの偏りに会の存続の危機を感じ、体制が整うまでしばらく保留することにした。但し、一部の会員の強い賛同を得られたことやその対外的インパクトは会にとって有利に働いたことは述べておきたい。
もう1つは全体サービスだ。先の個別サービスに見られるような1点集中ではなく、全会員に対して薄く広くを心がけるやり方だ。当会ではメール新聞や「無料プロバイダサービス」を始めとして、この方法も採用している。自分自身としてはこちらの方向性の方が交流会の形にはマッチしていると感じている。「個別」にしても「全体」にしても考えなければならないことがある。それは「サービスの双方向性」についてである。どんなサービスをするにも会リソースは同じだけ使うことになるだろう。しかしその中でその収支「会が会員に掛けたパワー」と「会員が会に掛けたパワー」はバランスを取らねばならない。これを考えなければその会は必ず破綻する。私のケースでは会員からのバックがあまりにもなくて、スタッフが疲弊し何人も退会していったことがある。こうなってしまっては交流会がただの烏合の衆、会からサービスを欲しがるが自分自身は会の存続に責任を持たない人達によって食い荒らされてしまうだけだ。これから交流会を発足される諸氏は十分に注意して頂きたい。
「異業種交流会のライフサイクル」後編につづく (写真:鶏口牛後)
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